研修日記
8月からKenyaのDadaab難民キャンプにNGO研修に行きます。
http://misaasim.blog.fc2.com/

 

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帰国

昨日帰国。
トルコ航空のイスタンブール経由で帰ってきました。
帰りの飛行機で映画「ブラック・スワン」「僕たちは世界を変えることができない」を観ました。
またいつか感想書きます。多分。

とりあえず帰ったら太りすぎと親に呆れられました。
5キロ太ってました。
これから猛烈にダイエットしていきます。
あと元々低かった女子力なるものがゼロに等しくなりつつあって、日本社会への復帰はなかなか厳しそうです。
日本社会の目が怖いです。
10センチ以上のプリンと毛先ばさばさの髪は今日どうにかしてくる予定。
出発前に黒染めしたんだけど元が明るかった+ケニアの水とダダーブの日の光でまた茶色くなった。

あっ学校は来週から行きます。
マスクして誰にも気付かれないようにさっと授業出てさっと帰宅。

とりあえず友達・親・教授以外の報告の場としてはアデオジャパンのクリスマスパーティーと学校の自由研究セミナーがある予定。
クリスマスパーティーは外部者歓迎なので興味ある方言って下さい。
自由研究セミナーは日にちが迫ってるので頑張ります。

では。
 
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ケニア最終日

ついに今日が最終日です。
あっという間。
そして更新したい記事がたまってる…
日本帰ったら紙の日記を読み返して書こうかなと思います。


最近読んだ『世界を知る力』(著:寺島三郎)から少し抜粋。
アメリカを通した世界観からの脱却、分散型ネットワークへの移行、とかそういう内容の本の中で、最後のまとめとしての部分からです。
共感する点もあれば、なるほどと思う点もあって、研修の最後に読んで再確認出来て良かったなと思えました。




「異文化圏のなかで、背負ってきている歴史や環境が全く異なる人と単身向き合うことが、どれほど辟易とするくらいしんどいことか。…
だが、こういった孤独や屈辱を味わうことは、自他を客観視し国際社会を生き抜いていく上で、とても大切なことではないだろうか。…
絶望や屈辱も含めた異文化でのさまざまな摩擦や衝突を経て、わたしたちは次第に自分を多面的な鏡に映しだしていくことを覚えるのである。そして、自らの心の奥深くに向かって問い始める。「日本とは何か」「日本人とは何か」と。そういった自分との対話に支えられたメッセージだけが、外の人の心をも動かす力をもつようになるに違いない。外を知れば内がわかる。内がわかれば外とつながる回路ができるのだ」


『知的活動を先へ進める、ある方角へ進めていく力は、知的能力じゃないと思うんです。それは感情的な、一種の直感と結びついた感情的なものだと思います。…ところが、その感情が、麻痺した、日本で。…いくら頭がよくても駄目なんで、目の前の子どもを殺されたら、怒る能力がなければなりません。あるいは何か一種の感情を生じないと駄目です。…情報を集めただけじゃどうにもならない』


「わたしたちは、「世界を知る」という言葉を耳にすると、とかく「教養を高めて世界を見渡す」といった理解に走りがちである。しかし、そのような態度で身につけた教養など何も役に立ちはしない。世界を知れば知るほど、世界が不条理に満ちていることが見えてくるはずだ。その不条理に対する怒り、問題意識が、戦慄するがごとく胸に込み上げてくるようでなければ、人間としての知とは呼べない。
世界の不条理に目を向け、それを解説するのではなく、行動することで問題の解決にいたろうとする。そういう情念をもって世界に向き合うのではなければ、世界を知っても何の意味もないのである。」

 
 

カジアド、ブシア出張編

ナイロビにいた間、出張としてカジアドに2回、ブシアに1回。
カジアドに関しての1回は既に書いた気がするのでとばします。


■カジアドにもう1回行ったのは、カジアドでのHIVプロジェクトを取材するテレビ局・新聞などのメディア数社の仲介をADEOがしていたため。
私はくっついていかせてもらって、ちょっと手伝っただけです。

ナイロビから車で2、3時間ほどのカジアド。タンザニア国境付近。
カジアドにはマサイ族が多く住んでいます。
もちろん学校に通ってスーツを着て会社で働くマサイ族もたくさんいる。
(ADEOにも1人マサイ族の職員がいる。奥さんいるのに彼女もたくさんいてちゃらい。私も危うく数多い彼女の内の1人にされそうになった。笑 けど確かに容姿といい言動といい、かっこいい。マサイ族は長身細身が多いのです。)
取材内容は、その中でも特に伝統的生活を続けているコミュニティーに入ってHIV検査をしようという特集。
47の家々が共に暮らすコミュニティー。
遊牧民なので、コミュニティーごと移動を繰り返しているそう。

ナイロビからの一本道を途中で降りて、サバンナの中、土の上を車で10分ほど走っていると(私は荷台に乗ってた。笑)、突然目の前に、約50の家屋が円を描き、中央に赤と青の伝統衣装をまとった約100人のマサイ族が一列に並んでいる風景が現れる。
歓迎の歌を歌ってくれ、順に握手。
伝統衣装を着たマサイ族100人と、スーツを着たマスコミ関係者・NGO関係者15人ほど。
年配の男性は若いマサイ族女性と握手するのではなく、頭をなでる。
メディア関係者は自分たちの携帯カメラで写真をぱしゃぱしゃ撮る。

待ち時間に私とマスコミ関係者2人はマサイ族女性陣に交じって歌って踊った。
一緒に歌って跳ねて踊っていたら、首にかける幅の広いネックレスをかけてくれました。
跳ねてリズムに合わせてこのネックレスを跳ねさせるのがなかなか面白い。
歌は誰かが音頭を取り歌って周りがそれに合わせ、次にまた別の人が音頭を、という感じ。
マサイ語分からないので、適当に歌う。
私昔から特に洋楽は歌詞適当に聞いたままに母音子音交ぜて歌う癖があって、中高ミュージカル部だった時も歌詞が適当で呆れられてたのを思い出す。笑
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コミュニティーの代表者ら数人からの挨拶。
彼らはマサイ語で話し、スワヒリ語に訳されるので私はちんぷんかんぷん。スワヒリ語の基本的なフレーズしか分からないので。
次にカジアドのHIV担当の女性からHIVとは何か、本日の訪問の目的、HIVステータスを知ることの大切さを説明。スワヒリ語→マサイ語。
そうしたら、笑いが起きたり、家に戻っちゃう人が数名出た。
それを見たメディア関係者は「見た?笑ってる」「初めて聞いたみたいな顔してる」「教育の欠如だ」と口々に言って撮影したりメモをとったりしていました。

結局HIV検査を始め、その横で数人がテレビ取材を受けたり、新聞取材に答える形に。私含め他の人は写真撮影など。
あちなみに私の写真撮影はADEOとして活動レポート書くのにも写真が必要だから。ADEOのロゴが入ったバナーがよく写るように撮るのです。
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一通り終わった後、私は子どもたちと戯れ。
きゃっきゃ笑って近付いては逃げるから両手広げて追いかけると大喜び。
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次第に大人たちとも戯れ。
女性たちは私の髪と肌が珍しいのか、しきりに頭やほっぺたをぺたぺた触り、私の首に自分の首飾りをかけ、首についていた赤いペイントを私の首と顔に塗りつけてた。笑
「アジア人見るのが初めてなんじゃない?」とメディアの人は言っていた。
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マサイ族をちょう伝統的でちょう特殊な生活をしている人たちだと思っている人にいくつか写真を。
彼らも普通に携帯使ったりバイク乗ったりソーダ飲んだりするのです。
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伝統衣装やアクセサリーは本当に綺麗。私も思わず布買っちゃった。
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HIV検査を受けた人は33人。陽性者0人。
この日1番聞いた言葉は「教育の欠如」と「偏見」。
後日、新聞に載った記事やテレビでの特集を見たけど、「教育の欠如したマサイコミュニティーにHIV啓蒙活動に入る!」といった感じ。

んーうまく言えないんだけど、なんかなあと思ってしまう。
もちろんステータスを知ることや知識を持つことは大切。
ただ、今回のは押し付けがましいというか。
伝統的生活を守るコミュニティーに文明社会を押し付ける、とはまた少し違うんだけど。
特集では陽性者は0人であったという事実には焦点が当てられない。
伝統的=教育の欠如=啓蒙すべき
みたいな方程式があって、なんでも「教育の欠如」で片付けていた。
HIVをよく知らない、笑う→教育の欠如
スワヒリ語も英語も話せない人が多い→教育の欠如
若い母親がほとんど→教育の欠如
まあ事実かもしれないんだけど、全てを”oh. lack of education..”で片付けるのはあまりにも短絡的で寂しい。
同じケニア人だと彼らを思っていない節も所々感じられた。
あまり良い気持ちのしない取材でした。

あっちなみに後日放送されたテレビのこの特集に私もちょろっと映ってた\(◎o◎)/
ADEO職員はがっつりインタビュー映像が使われていて、嬉しそうでした。笑
2人で”yeah~~we’re on TV~~”って盛り上がった。
しっかり動画もらいました。永久保存版。


■ブシア。
コカコーラのアフリカ基金の使用用途をciti hopeというNGOが査定に来たもの。
ブシアの病院やADEOのVCT施設(アデオジャパン創設者の1人でもある過去の研修生が中心になって日本大使館の草の根無償を獲得して建てた)を見学、医師たちとインタビュー。

VCT施設は若者の交流場としての施設と併設。
元は診療所の一部にVCTが入っていて検査を受けに行きづらい環境だったのを、気軽にHIV検査に来てもらおうというもの。
今でもVCTとしての機能はもちろん、ユースグループの毎月のMTG会場としての機能も果たしているみたい。
みたい、というのは訪問した日が公休日でみんな休みモードで誰もいなかったからです。

ここで思ったのは緊急援助と開発の差。emergencyとdevelopment。
ブシア県の地方病院に医師が4人。
ブシア県全体でそれだけ。
対してダダーブにはより多くの援助組織の医師たちがいた。
ダダーブは緊急援助だから注目も集まり、もちろん援助資金も集まる。
ブシアは開発援助だから注目は大して集まらず、資金は常に不足状態。
もちろんダダーブも十分ではないんだけど。
資金の集まる援助と集まらない援助の差を目の当たりにして、援助というもの自体が人々の関心、そこから来る援助資金にいかに依存しているかを改めて感じた。
そこに援助を必要としているコミュニティーがあるかどうかじゃない。
そこに資金や関心を集められるコミュニティーがあるかどうかなんだよね。
頭では分かっていたものの、援助の矛盾を目で見て肌で感じると、眉間にしわが寄る。
でもまあ仕方ないよねと、もやもやをもやもやのまま心にしまう。
自分の感覚が、ダダーブに来た8月の頃より鉛みたいに重くなった気がします。


以上出張編でしたー。
次はナイロビで会った人々編にしようかな。笑
 
 

風邪?

金曜日、ずっとオフィスにいてワンピース着てたからか凍えそうに寒くて、帰る頃には頭痛もしてきて、ホテル戻ったらすぐに着込んで布団かぶって17時には就寝。
熱がどんどんあがっていって、体温計ないから正確には分からないけど39℃は確実にあった。
寝てからも熱と汗と頭痛と腹痛にうなされて何回も起きた。
薬飲もうにも食べ物ないし、食べる元気もましてや買いに行く元気もない。
布団から起き上がることさえ出来ない。
とりあえず水だけは買ってあったので目覚める度に水分補給。汗がものすごいから。
結局15時間くらい寝たら熱は下がって頭痛と腹痛だけが残った。
薬飲んでないのに。
自然治癒力。笑
昼頃になってようやく何か食べる気になって、軽くフルーツを食べて薬を飲む。
オレンジ半分しか食べられないとか普段の食欲から考えると引くレベル。
そのあとふらふらしてたら段々元気になってきた。良かった。
ついにマラリアにかかったかと思ったから。
過去の研修生がマラリアで1週間寝込んだと聞いていたので、私2週間しかブシアいられないのに半分もマラリアで寝込むとかあほすぎると思って、マラリアじゃありませんようにマラリアじゃありませんようにって念じながらうなされてた。笑
マラリア予防薬は飲んでるけど蚊にはさされまくってるので。
あちなみにマラリアって日本人からすると未知の病で恐ろしい印象を持つけど、アフリカの人やアフリカ在住期間が長い外国人にとってはインフルエンザみたいなものらしいです。
何回もかかってたり毎年かかってたり、共存してる感じ。

日曜日にはまだ頭痛と腹痛が残るけどなんとかやっていける感じまでには回復。
今は軽い腹痛のみ。
このまま完治しますように!
あーなんで最後の最後で体調壊すかなー
 
 

プロポーザル、コンファレンス

10月15日から11月20日までのナイロビでの話。
といってもほぼ毎日オフィスワークだからなー。
いくつかかいつまんで話す感じで書いていきます。

結局ナイロビには1ヵ月以上いました。
その間ずっと色々な方のお家にお邪魔していました。本当にありがたい…
ダダーブでもお世話になっていたKさん家2泊→DRCゲストルーム2泊→ADEOディレクター家2泊→DRCゲストルーム2泊→日本大使館勤務の方のお家2週間→JICA企画調査員の方のお家2週間半。
本当に本当にみなさまありがとうございます…頭が上がらない…。


■ナイロビにいた間は毎日ナイロビオフィス勤務。
プロポーザル書いたり、ダダーブレポートのための情報収集、日本でのアフリカンフェスタの記事、10周年記念ディナーの招待状作成・送付、その他雑務などなど。
あと出張には何度か付いて行かせてもらって、カジアドに計2回、ブシアに1回行きました。

プロポーザルは2つ。
1つはADEO向け、1つは日本のファンド向け。
ADEO向けのは、私がダダーブにいた間に携わっていた教育事業に関して、問題点を指摘し、解決方法をいくつか提案したもの。英語で2000字程度。
教育事業の問題点はいくつもあるけど、中でも教師側に視点に絞った際の問題提起。
主に原因としては教師としての自覚の不足、そしてADEOの一員としての自覚の不足。
これらが
・高い辞職率
・個人的理由による高い欠席率
・問題意識の共有不足
・ずさんな時間割
・小学校全体、ADEOの教育事業全体の質向上のためのモチベーション不足
をもたらしているとし、1つ1つの問題点を詳述。
解決方法として、コンファレンス、ワークショップ、学校間の交流イベント、メンター制、時間割責任者の設置、休憩時間の教師へのチャイの提供など。
ナイロビに来ていたダダーブオフィスの教育担当者、インセンティブ教師(難民から雇用)などと個々にMTGも行って書きました。
ナイロビオフィスのトップ数人、ダダーブオフィスの教育担当者などに見せた所、結構評価してもらえて、UNHCR向けに書いていたプロポーザル(ADEOはホストコミュニティーでも小学校を運営しようと試みている)に含めてもらったりした。
少なくともADEOに何かしらは残せた、と思って嬉しくなった。
既存の小学校での実施を強くお願いしたところ、分かった分かったと言って、私もメンター制のためのフォームなどを送った。
けど本当にちゃんと実施してくれるのか不安。
私がダダーブにいれば、とりあえず今学期中は私が担当して行って、上手く行けば来学期からはADEOの他の教育担当者に委託したかったのに。
やっぱり心残りが大きい。歯がゆい。

もう1つのプロポーザルはアデオジャパンとして出す日本語のもの。
ブシアのHIV孤児の児童教育を支援するプロジェクト。
金額も小さいし大きなことは企画出来ないのですが、まあとりあえず書こうと思って。
これも英訳してナイロビオフィスからフィードバックもらったり、アデオジャパンからフィードバックもらったり。
必要書類の準備、送付などアデオジャパンメンバーにはお世話になりました。ありがとうございます…


■11月2、3、4日はADEO全体のコンファレンス。@Pan Afric Hotel
2011年度の振り返り、2012年度のプラン作成、ワークショップなど。
最終日には10周年をお祝いして、外部関係者も招待した夕食会。実際には13周年だけど活発に活動し始めてから10周年とのこと。
ちなみにこのようなものは初めて催すらしい。
参加者はナイロビオフィス約12人、ダダーブオフィス7人、ブシアオフィス1人、カンパラオフィス1人、ダダーブのインセンティブ教師1人、ダダーブのHIV患者1人、外部関係者約8人、といった感じ。
私はタイムキーパーの係。こういうのは申し出たもの勝ち。

私もアデオジャパンの活動報告としてプレゼンをさせてもらいました。時間がなかったので約10分の短いものだったけど。
英語がどうこうの問題じゃなく、私はプレゼンが下手。
いつもは調子よくぺちゃくちゃ喋るのが、人前に出た途端に緊張していつも以上に早口になる。直したい。
でもみんなは話がコンパクトにまとまっていて主要部分が分かりやすくて良かったと言ってくれました。自分で思ってるよりはひどくなかったのかな。
でも人の心をがっとつかめるプレゼンの出来る人になりたい。

外部関係者によるワークショップは環境と開発、政府とNGO、欧米NGOと現地NGO、ジェンダーの観点、IT、HRなどの見直し、など。
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面白いのも面白くないのもあって、みんなも集中して聞いたり参加したりもすれば、寝たりやたらと席を立ったりしているワークショップもあった。笑
内容ももちろんなんだけど、やっぱりファシリテーターの話の上手さによるところが大きい。
1番印象的だったのは、ものすごくプレゼンの上手い150センチくらいの女性。
ケニア人英語の訛りがなくて、綺麗な英語を話す人。後で個人的に話をして聞いてみたら、海外で教育を受けたわけではなくケニア内で良い先生についたからこの発音があるのだと。
「私は文章読み上げるの好きじゃないから読まないよ。だからあなたたち自分で読んでね」と言って自分はひたすら説明。
参加者をディスカッションに持って行かせるのも上手い。
パワフルで素敵な人でした。
それにしてもITのワークショップはひどかった。
誰も聞いてなくて、結構な割合でみんな寝てた。笑
簡単なマイクロソフトの説明なのに、ハードウェアとは何かソフトウェアとは何かから始めて、全てゆーっくり丁寧に説明するからみんな飽き飽きしてた。
後でナイロビオフィスの財務担当者と話してたら「あんなの自分で本買って実際にパソコンに向き合って習得した方がよっぽど早い」と文句を言っていた。私も同意するけど。

お昼はそのままそこのホテルで。ビュッフェ。洋食・ケニア料理ともにある。1人1500シリング。約1200円。
てかこのコンファレンス、会場代・お昼代・休憩の飲み物食べ物代・水代で1日約10万シリングかかってるんだよね。
3日間行われて、最終日には外部関係者も招待した夕食会。
計約40万シリングかかってる。
ディレクターに聞いたところ、UNHCRからマネージメント費としてもらってる60万の中から出しているらしい。
けどケニア人の給与から考えると40万って相当な額。
普通にナイロビ勤務のADEO職員でも月7万だったりするのに。
けど外部関係者に来てもらうには良い所で開催しないとADEOとしての面子が立たないのだと。
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結構充実した3日間で、問題点も抽出されはしたんだけど、それに対しての各部署からの解決方法の提案や議論というものがなされる時間があまり確保されず。
てか今月から始まったsocial accountabilityプロジェクトという、政府から委託された保健医療プロジェクトのワークショップが急遽入って、ディレクター含めた主要職員がそっちに出席しなきゃいけなかったりしたんだよね。
急遽入ってこっちのも日程動かせなかったからとはいえ、結構な痛手。
まあそんな感じで、良く言えば問題点が明確化した、悪く言えば問題点ばかりが浮き彫りになった、コンファレンスでした。

でも各オフィスが一同集まる機会ってほとんどないらしいので、その意味ではかなり意味があったんじゃないかなと思います。
ADEOという組織がいかなるものか、そのビジョン、そのミッション。
そういうものってこういう機会がないとなかなか再確認出来ないし、ADEOとしての一体感がぎゅっと濃くなって、各オフィス間の交流も良く出来ていて、豪華な昼食に休憩に夕食会に、職員の福利厚生としてはかなりのものかと。
教育のプロポーザルを書いていたのもあって、組織としての一体感、福利厚生というものを考えるのが私結構好きかもしれないと気付いた。
私HRになろうかな。笑


次はカジアド、ブシア出張編となりますー。
 
 
 

 

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